CATEGORY:合氣道教室 つぶやき
2024年10月29日
間違いをおそれる
この間、稽古でのこと。
久しぶりに稽古にきたお子さん。
何につけても自信なさげに動くので、「間違えるのは怖いかい?」と聞くと、「うん」と言いまして。
「久しぶりなんだから間違えたってしょうがないよ」といってはみたものの、そんなにすぐ受け入れられるはずもなく、やっぱりちょっぴり自信なさげ。
そんなことがありました。
だから、稽古の終わり頃に話したんです。
「君たちの目の前にいる先生は間違えたことないと思うかい?」と。
首をかしげる子どもたち。
「いやいや、間違いだらけよ。この30数年。間違いだらけだったから、今は少しは間違えにくくなったけどね。」
「間違いはチャンスだよ。チャンスタイム。もっと良い方法が見つかるチャンス。」
なんて話をつらつづらと。もう何話したかはっきり覚えてないけど、最後に言ったのは
「どうせ間違えるなら、思い切って全力で間違えてね」と。「その方が、わかりやすいし、伝えやすいから」と。
最後、子ども達、笑顔で帰ったんで、何か心に残れば良いなとそう思うわけです。
少なくとも合氣道の稽古、技の形なんていくらでも間違えて直しての繰り返し。だいたい「間違い」って言葉も正確じゃあないんだから。
「基本型とは違う」が正確な言い方かな。なんて思ったりもするし。
あ、それで、何を思ったかという話ですけどね。
間違うことや失敗は「正義か悪か」みたいなことで。
これを怖がる人は「間違い=悪いこと」の式が成り立ってるのかななんて思うわけです。
例えばの話ですけど、
間違いを怖がると、間違えないようにする。
間違えないようにすると、間違えられなくなる。
間違えられなくなると、自分が正しくて相手が間違えてることにする。
自分が正しい理由を並べ、相手の間違いを指摘する。
自分の間違いが受け入れられなくなるし、相手の間違いも許せなくなる。
なんてドツボパターンを考えた日にゃ、わたしゃ震えます。もう何が間違ってて何があってんだか。
はじめに、思い切ってやって、あ、間違えちゃった。
と直す。こんなに簡単で成長できることほかにないのに。そうできないように人はできてるんですかね。面倒で愛おしい生き物です。全くもって。
そう思うと、私にとって良かった点は、適度に放置されて育ったことでしょうか。
そりゃ怒られもしましたよ。でも、大抵は人を傷つけるようなことの時、命に関わるようなことの時、礼儀に反するようなことの時。勉強その他はご自由にでしたから。まぁ、親は気をもんでいたんでしょうけれど。
間違えた数だけ、寛容に
間違えた数だけ、慎重に
間違えた数だけ、計画的に
やっぱ、間違ってなんぼなところはあるよなって話です。だから、間違ったり失敗しても良い場面を、見極めて、相手に間違えさせられる人になる事も大切ですな。これも、間違えたことない人にはできない妙技かもね。
間違えないようにするんじゃなくて、やり続ければ間違いにくくなるんですよ。
「私、たまに失敗するんで。」
ってドラマ作ってほしいくらいです。笑

久しぶりに稽古にきたお子さん。
何につけても自信なさげに動くので、「間違えるのは怖いかい?」と聞くと、「うん」と言いまして。
「久しぶりなんだから間違えたってしょうがないよ」といってはみたものの、そんなにすぐ受け入れられるはずもなく、やっぱりちょっぴり自信なさげ。
そんなことがありました。
だから、稽古の終わり頃に話したんです。
「君たちの目の前にいる先生は間違えたことないと思うかい?」と。
首をかしげる子どもたち。
「いやいや、間違いだらけよ。この30数年。間違いだらけだったから、今は少しは間違えにくくなったけどね。」
「間違いはチャンスだよ。チャンスタイム。もっと良い方法が見つかるチャンス。」
なんて話をつらつづらと。もう何話したかはっきり覚えてないけど、最後に言ったのは
「どうせ間違えるなら、思い切って全力で間違えてね」と。「その方が、わかりやすいし、伝えやすいから」と。
最後、子ども達、笑顔で帰ったんで、何か心に残れば良いなとそう思うわけです。
少なくとも合氣道の稽古、技の形なんていくらでも間違えて直しての繰り返し。だいたい「間違い」って言葉も正確じゃあないんだから。
「基本型とは違う」が正確な言い方かな。なんて思ったりもするし。
あ、それで、何を思ったかという話ですけどね。
間違うことや失敗は「正義か悪か」みたいなことで。
これを怖がる人は「間違い=悪いこと」の式が成り立ってるのかななんて思うわけです。
例えばの話ですけど、
間違いを怖がると、間違えないようにする。
間違えないようにすると、間違えられなくなる。
間違えられなくなると、自分が正しくて相手が間違えてることにする。
自分が正しい理由を並べ、相手の間違いを指摘する。
自分の間違いが受け入れられなくなるし、相手の間違いも許せなくなる。
なんてドツボパターンを考えた日にゃ、わたしゃ震えます。もう何が間違ってて何があってんだか。
はじめに、思い切ってやって、あ、間違えちゃった。
と直す。こんなに簡単で成長できることほかにないのに。そうできないように人はできてるんですかね。面倒で愛おしい生き物です。全くもって。
そう思うと、私にとって良かった点は、適度に放置されて育ったことでしょうか。
そりゃ怒られもしましたよ。でも、大抵は人を傷つけるようなことの時、命に関わるようなことの時、礼儀に反するようなことの時。勉強その他はご自由にでしたから。まぁ、親は気をもんでいたんでしょうけれど。
間違えた数だけ、寛容に
間違えた数だけ、慎重に
間違えた数だけ、計画的に
やっぱ、間違ってなんぼなところはあるよなって話です。だから、間違ったり失敗しても良い場面を、見極めて、相手に間違えさせられる人になる事も大切ですな。これも、間違えたことない人にはできない妙技かもね。
間違えないようにするんじゃなくて、やり続ければ間違いにくくなるんですよ。
「私、たまに失敗するんで。」
ってドラマ作ってほしいくらいです。笑

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