CATEGORY:合氣道教室
2020年07月25日
自分に足りないものを
スポーツニュースを見て感じたことですが、
調子が上がらない時、一様に「自分に足りないものを」「新たな」というワードが出てきます。
私には少し違和感があります。
心身統一合氣道では
「氷山の一角のみを我が力と思い、その非力を嘆くことなかれ」
と言います。
これは、氷山の大部分は水に沈んで見えないことと同じように、自分の表面に現れている事(身体的な力)のみを自分の力と思って、それを嘆くことはない。
心身を一つに使うことで、本来持っている力を十分に発揮しさえすれば、自分自身でも驚くほどの力が出る。
というような教えです。
なお、これは決して新しい能力を生み出すといことではありません。
「本来持っている」ということが、この教えのポイントです。
話を戻します。
私は、不調時における「自分に足りない」や「新たな」というのは、何かを足すというニュアンスがあると思うのです。
自分の現状に満足せずとも、自分はどこまでも自分。
足して足して、本来のあなたはどこにいるんですか?ということになりかねません。まさに、自分を見失ってしまいます。
嘆くことは無い。
今はそれでいい。
それと向き合いましょうよ。ということです。
自分自身をきちんと見つめて、私の本来持つものをどう伸ばすか、新しいものを足すのではなくブラッシュアップ(磨きをかける)作業をする、或いは自分の持ち味を自分自身で考えたり他人に聴いたりして角度を変えて見直すという作業が大切だと思うのです。
無いものは無い。
しかしながら、氷山の水面下の大きな氷のように、本来持っているものは見えずともあるのです。
新たなステップを望むことは素晴らしいことです。
その時、どう考えてアプローチするか、今回は心身統一合氣道の教えに沿ったものを一つの提案として書かせていただきました。

調子が上がらない時、一様に「自分に足りないものを」「新たな」というワードが出てきます。
私には少し違和感があります。
心身統一合氣道では
「氷山の一角のみを我が力と思い、その非力を嘆くことなかれ」
と言います。
これは、氷山の大部分は水に沈んで見えないことと同じように、自分の表面に現れている事(身体的な力)のみを自分の力と思って、それを嘆くことはない。
心身を一つに使うことで、本来持っている力を十分に発揮しさえすれば、自分自身でも驚くほどの力が出る。
というような教えです。
なお、これは決して新しい能力を生み出すといことではありません。
「本来持っている」ということが、この教えのポイントです。
話を戻します。
私は、不調時における「自分に足りない」や「新たな」というのは、何かを足すというニュアンスがあると思うのです。
自分の現状に満足せずとも、自分はどこまでも自分。
足して足して、本来のあなたはどこにいるんですか?ということになりかねません。まさに、自分を見失ってしまいます。
嘆くことは無い。
今はそれでいい。
それと向き合いましょうよ。ということです。
自分自身をきちんと見つめて、私の本来持つものをどう伸ばすか、新しいものを足すのではなくブラッシュアップ(磨きをかける)作業をする、或いは自分の持ち味を自分自身で考えたり他人に聴いたりして角度を変えて見直すという作業が大切だと思うのです。
無いものは無い。
しかしながら、氷山の水面下の大きな氷のように、本来持っているものは見えずともあるのです。
新たなステップを望むことは素晴らしいことです。
その時、どう考えてアプローチするか、今回は心身統一合氣道の教えに沿ったものを一つの提案として書かせていただきました。

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