CATEGORY:合氣道教室 つぶやき

2020年10月09日

3つの「ない」

心身統一合氣道の創始者は藤平光一先生と言います。(※合気道の創始者は植芝盛平先生です。)

現在はそのご子息である、藤平信一先生が会長を務めていらっしゃいます。

その、藤平信一先生が、内弟子時代に光一先生から「これだけは言うな」と言われていた言葉があるそうです。

ひとつは「できない」です。
これは、どうしたらできるか考えなさいという事です。

子どもにも、すぐに「できない」という子がいます。私もキャンプでの指導現場で良く経験しました。

初めのうちは、「やってもいないのにできないなんて言うな」と言っていましたが、それでうまくいった事はありませんでした。

ある時から、なぜ、できないかを聞くようにしてみました。すると大抵の場合は、「やり方がわからない」「やった事がない」場合がほとんどだと言う事に氣づきました。

そこから、子どものできないに対しては、理由を聞き、やり方がわからないのであれば、一緒にやって教えるというプロセスを踏むようにしていくと、指導がうまく行き渡るようになりました。

続いて2つ目は「意味ない」です。
これは、やってもいないことを頭で考えて判断をするなということです。

この「意味ない」は昨今、大変多く耳にする氣がします。特に若い時にこの言葉を身につけてしまうと取り返しがつきません。

実際にやってみた結果として、例えば「ああ、これはあまり効率的でないな」という判断に至ったのならば、それは大いに意味のある経験を得た事になります。

しかし現在は、情報量がおおく、自分でない誰かの経験からそれを見聞きする事があったり、はじめからより効率的な方法が提供され過ぎている為に「意味ない」という判断を頭でしてしまい、経験を得ようとしない、とりあえずやってみるという事ができなくなっているようにも感じます。

短い人生において、これは大変、勿体ないことです。

トライandエラーを幼い頃から繰り返してこそ、トライする事に対しての抵抗感や、エラーに対する耐性が育まれ、物事への取り組みの姿勢がつくられていくものなのだろうと思います。


これは何かを指導する立場の人や責任が伴う立場の人は、大いに氣をつけなければならないと感じています。
やらせてみる。失敗を受け入れる。あるいは見届ける。

経験させるのも、経験を奪うのも紙一重ということです。

本当にすべきでない経験なのか否かの判断も、指導者の経験に左右されますから、指導的立場の人もまた、経験値が多く積み重ねられている人であるべきなのでしょう。


何かを助言したり、意見を発する時、「自分が言いたいだけでは無いか?」という判断基準を持っていると、案外、余計な進言は回避できます。

私は日頃から何かを教えなければならない時、「言いたくなってしまったこと」については言わないように努めています。


さて、最後、3つめは「関係ない」です。

藤平信一先生は内弟子の時、掃除を任される機会が多かったそうで、光一先生からある時「合氣道の稽古と掃除は関係ないと思っているだろう?」と問われたそうです。

そのあと、信一先生は掃除は隅々まで氣を通わせていないとできない事や、自身が氣分によって掃除の質にムラがある事に氣づいたそうです。

そして、その掃除のムラは、稽古や物事への取り組みの姿勢につながると考え、それを改めたそうです。

「関係ないと思いさえしなければ、全ての事は学びになる」

と光一先生はおっしゃっていたそうです。

どんな些細なことでも繋がって自らに返ってくる。「日常の中の合氣道」を伝えてきた心身統一合氣道の先生だからこその一言に思えます。

この3つの「ない」を使う事をやめると、多くの経験と広い視野が得られるはずです。

3つの「ない」




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Posted by 合気道 凛心館道場(心身統一合氣道会)  at 03:14 │Comments(0)合氣道教室つぶやき

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